紙は学習効果が高い?! 改めて考える紙の良さ
~群馬大学 柴田博仁教授へインタビュー(後編)~ 紙の効用

<柴田 博仁(しばた ひろひと)>
1968 年生まれ。コンピュータ科学者、認知科学者、群馬大学情報学部教授。
富士ゼロックス株式会社研究主幹を経て、2020 年 10 月から現職。人工知能学会理事、 JBMIA 電子ペーパーコンソーシアム副委員長などを歴任。
著書に『ペーパーレス時代の紙の価値を知る―読み書きメディアの認知科学』(産業能率大学出版部/共著:大村賢悟)等。
紙メディアとエコロジー・DX

―製紙業界では紙の原材料に製材残材や植林木を利用しており、植林木でもCO2を吸収しやすい若木を育てるなど、環境負荷の低減に努めています。しかし、世間では「紙はエコじゃない」という意見も根強く存在します。これについてどのようにお考えでしょうか?
環境工学は私の専門ではありませんが、『ペーパーレス時代の紙の価値を知る~読み書きメディアの認知科学』では、CO2排出量の観点から紙とデジタルの環境負荷を分析しました。その結果、オフィスのCO2排出量における紙の割合は、電力消費などに比べると非常に小さく、状況によっては電子機器より環境負荷も少ないことがわかっています。
それに、エコに対する風潮はここ10年ほどで大きく変わりました。かつては紙が「環境に悪い」と悪者扱いされることがありましたが、現在ではそうした批判は少なくなっています。大きな転機として挙げられるのが東日本大震災です。震災をきっかけに電力不足が大きな問題となってCO2排出量への関心が薄れたように思います。紙ストローの普及に見られるように、紙がエコ素材として再評価される場面も増えてきました。
ペーパーレス化に関しては、今はむしろデジタルトランスフォーメーション(DX)を気にするべきかなと思います。ペーパーレス化が進むと紙の消費量は劇的に減ります。私が富士ゼロックス時代に所属していた部署はペーパーレス化がかなり進んでいました。ところが、文化として紙を使い続けている企業もまだ多い現状があります。
―DXにはまず投資が必要なので、大手企業のほうがダイナミックに切り替える面がありますね。
大手企業がDXを進められるのは企業体力があるからです。DXで一時的に生産性が落ちて業績が悪化しても、いずれ回復することがわかっているから、大手企業はリスクを取れます。一方の中小企業は半期でも赤字を出すと倒産してしまいかねない。だとすれば、それなりに回っている基幹システムや働き方をわざわざ変える必要があるのか、というためらいが生じるのは当然です。
やはりここも「紙かデジタルか」の対立ではなく、使い分けが重要だと考えています。「中小企業ならこうやってください」と、上手なDXをきちんと提案することが必要なのです。
問題はどう提案するかですね。「使い分けだ」と言うだけでは、世の中にはなんの変化も起きません。変化を起こすために業務をしっかり観察し、「ここは紙がいいです」「ここはデジタルです」と、失敗しないペーパーレス化を提案するべきでしょう。
ITベンダーに勧められるままシステムを導入するよりは、業務を観察して適切な部分をデジタル化するほうが、少なくともユーザーフレンドリーで社会に対する誠意もあります。「紙のことに詳しいからこそ言わせてもらいます」と提案できる企業が出てくるようになれば、残すべきところを残して変えるべきところを変える、理想的なDXが展開されるのではないかと考えています。
「読書1.0」から「読書2.0」へ

「読書1.0」「読書2.0」の比較

研究室で制作した『「めでたし めでたし」って言いたい!』『つむぐ』
―先生は読書についても研究されていますね。
読書量の低下はいつも問題になっていて、大学生の半分以上が読書時間ゼロという現状があります。学生に本で学ぶことの重要性を伝えても、「私はちゃんと単位も取れていて、他にもっと大事なことがある」と返されれば、「そうか」としか言えません。われわれの世代は本で学びましたが、今はいろいろなことを学べる動画があるので、学びの手段として分が悪い面はあります。
それでも私は読書が魅力的な行為だと考えています。読書は単なる学びの手段ではなく、活字で情報を受け取ること自体に意義があると感じています。
たとえば「絶世の美女」は活字でしか表現できません。文中の「絶世の美女」という単語から、読者それぞれが自分なりの美女をイメージします。映像で美女の姿を提示することも可能ですが、それはクリエイターが作った美女であって、見る人がどう思うかはまた別問題です。つまり、読書は本から自分なりのイメージを作るクリエイティブな行為なのです。
また、講演や動画は話者のペースに合わせて情報を受け取るため、その場で素晴らしい内容だと思っても、後で論文を読むと違う印象を持つことがあります。しかし、読書は自分のペースで読むため、途中で立ち止まって考えたり調べたりする余地があります。そうやって思考を促進できるのも読書が持つ重要な特性のひとつです。
―読書には発想力を育てる効果が期待できそうです。
国語審議会では読書の意義を「語彙力・文章力を養う」「知識や教養を身に着ける」「人格・価値観を形成する」「想像力を養う」の4点だと位置づけています。最初の3つは従来の国語教育で重視されてきた、学びのための読書です。最後の「想像力を養う」は、感じることを目的とした読書ですが、現状の国語教育では必ずしも推奨されているわけではありません。感じたことをそのままテストで答えても評価されず、「著者の意図を客観的に読み取れ」と言われます。
ただ、「学びを目的とした読書」は別メディアでも代替できます。動画が氾濫する現代だからこそ、活字以外で代替できない「感じることを目的とした読書」が重要になるだろうと考えています。
そこで私は、学びを目的とした読解重視の読書を「読書1.0」、感じることを目的とした体験重視の読書を「読書2.0」とする区分を提唱しています。読書2.0では活字を読んでイメージを作る、つまり自分自身がクリエイターになることで想像力を養うのです。
この読書2.0をベースに、若い世代に活字の面白さや魅力を伝えたいですね。全員が読書好きになる必要はありませんが、活字も面白いメディアだと思ってもらえたら嬉しいです。
―読書2.0を広めるためにどのような取り組みをされていますか?
物語の評価が読む環境でどう変わるか検証するため、バーチャル空間でのVR読書を研究しています。たとえば、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を昼間の草原で読むのと、都会の夜景の中で読むのとでは、物語の印象やキャラクターの評価がまったく変わります。現実で環境を統一するのは難しいため、視覚情報を完全に制御できるVRを利用し、読む環境も大切だという新しい視点を提案できればと思っています。
地域貢献や社会活動も複数展開しています。そのひとつとして、読書好きな人をつなぐSNS「Quote」をリリースし、学生と一緒に運営しています。従来のレビューは安易なことが述べられず、炎上しやすい敷居の高さもあったため、本の一部を引用してコメントする仕組みを取り入れました。「あの場面がよかった」「この表現が好き」という簡単な感想を気軽に共有できる仕組みです。
また、学生主体の本作りプロジェクトにも取り組んでいます。企画、編集、執筆、デザインといった制作工程はすべて学生が担当し、印刷だけを外注しています。これまで『「めでたし めでたし」って言いたい!』『つむぐ』の2冊を刊行し、現在は3冊目の制作中です。学生たちは非常に熱心で、夜遅くまで自主的に作業していますね。
将来的には作家になる学生が出てほしいと考えていて、研究室で文章指導もやっています。学生と一緒にエッセイを書いて、みんなで意見交換をするんです。上から「やれ」と言うだけなのはよくないだろうと、私も新人賞に応募したり出版社に持ち込んだりといった挑戦を続けています。