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紙は学習効果が高い?! 改めて考える紙の良さ
~群馬大学 柴田博仁教授へインタビュー(中編)~ 紙の効用

2025.02.20

<柴田 博仁(しばた ひろひと)>
1968 年生まれ。コンピュータ科学者、認知科学者、群馬大学情報学部教授。
富士ゼロックス株式会社研究主幹を経て、2020 年 10 月から現職。人工知能学会理事、 JBMIA 電子ペーパーコンソーシアム副委員長などを歴任。
著書に『ペーパーレス時代の紙の価値を知る―読み書きメディアの認知科学』(産業能率大学出版部/共著:大村賢悟)等。

実体ある「モノ」としての紙

―紙は「操作メディア」として優れているとお話しいただきましたが、どのような理由があるのでしょうか?

紙が扱いやすい理由は、紙が実体のある「モノ」だからだと考えています。
水の入ったガラスのコップを動かす動作をイメージしてください。小さな赤ちゃんの場合、上手にコップを動かせずに水をこぼしてしまいます。落として割れないようにプラスチックのコップを使うことが多いですね。ところが小学校に上がるくらいの年齢になると、生活の中で何千回もその動作を繰り返しているため、会話しながらでも水をこぼさずにコップを動かせるようになります。
こうした物理的なモノに対する操作は、生きる上で必要不可欠なスキルです。慣れなければ食べ物を口に運ぶことさえ難しくなるので、自然と身についていきます。モノに対する慣れは一度習得すると一生変わらないため、紙も特別な訓練を受けることなく、コップを扱うのと同じスキルで操作できるのです。

―最近は小さな頃からデジタル機器に触れる子供も増えていますが、世代による違いはありませんか?

「うちの子は小さい頃からスマートフォンを使っていて、デジタルのほうに慣れている」という話はよく聞きますが、そんなとき私は「そうはいっても、コップを動かすほうが断然慣れているんじゃないですか?」と言います。スワイプはせいぜい4~5歳くらいで身につける動作です。一方、物理的なモノの移動は0歳から繰り返し行う動作なので、習熟度に大きな差があります。
さらにデジタルの場合、スワイプでページがめくれる条件はアプリケーションやデバイスによって異なります。操作エリアがタップしてページがめくれるエリアかどうか、操作してページがめくれたかどうかは、眼で確認しなければいけません。ところが紙は手の感触だけでページがめくれたかを確認でき、複数の指を使った複雑な操作も可能です。
動作とその結果がアプリケーションやデバイスによって違うということは、デジタルの操作は永続的な知識にはなりません。それに対してモノに対する操作は、物理法則が変わらない限り不変の操作感を提供できるわけです。紙はモノであるために操作しやすく、視覚に依存しないフィードバックも可能で、さらに両手や指を使った複雑な操作もできる利点があると言えるでしょう。

―メディアによる読みの効率の違いも実験されていますね。

ページめくりの比較実験では、紙は連続した読みができていたのに対し、デジタルではスワイプなどの操作を確認したり、段落やページ番号に視線が動いたりして、読みに0コンマ何秒かの途切れが生じていました。ただ、読みのスピードや理解度は他の条件からも影響を受けますから、操作の頻度が多くない場合にはデバイスによる違いはそれほど大きくありません。
紙の操作性が力を発揮するのは、他の作業と同時に情報を扱う場合でしょう。たとえば相手の動作や発言に配慮しなければいけないカウンセリングなどは、紙のほうが断然やりやすいはずです。

デジタル教科書とIT教育

S3 消した回数
S1 アイコンタクトの頻度

アイコンタクトと描き直し頻度の比較

―教育現場でのデジタル教科書の利用が議論されています。先生のお考えはありますか?

以前、紙教材とデジタル教材を比較するため、群馬県内の小学校の1年生に問題を解いてもらったことがあります。「20個のリンゴ(赤12個、青8個)を4つのかごにどうやって分けますか。絵を描きながら隣の人に説明してください」といった問題を複数用意し、紙とタブレットでの比較を行いました。
まず大きな特徴として挙げられるのは、デジタルのほうに描き直しが多い点です。紙なら簡単な丸を描いて済ませるのですが、デジタルでは「きれいにリンゴを描こう」とする心理が働き、何度も消しては描き直す子が多数いました。色や形に時間をかけすぎて、本来の課題に集中しきれないのです。
さらに、タブレットを使う子供は画面に夢中になってコミュニケーションがおろそかになる傾向がありました。相手の顔を見て話す機会が減り、アイコンタクトや会話量も紙より明らかに減ります。意味もなくメニューを開いて説明を読む行動も頻繁に見られました。
こうした「注意をそらす要因になる」「学習態度へ影響が出る」特徴は、デジタル教材への大きな懸念点です。

―学習効果に違いはありましたか?

問題の正答率は紙とデジタルで大きく変わりません。しかし、発想の転換が求められる問題は紙のほうが優れていました。その理由として、紙は考えを深めやすいのに対し、タブレットでは操作やエラーなどが集中を妨げていることが挙げられます。
先ほど紙は操作性に優れていると指摘しました。ただ、その違い自体はほんのわずかであって、たとえば小説を読むような場合は紙もデジタルもほとんど違いはありません。違いが顕著に出るのは、集中度が非常に高くなるような状況です。
しかし、子供の場合は事情が少し違います。情報処理能力がまだ確立されていない子供は、簡単な文章を読む際、大人が非常に難しい文章を読むのと同じ集中度を要求される場合があります。そのためデジタル教材の影響も小さくないと考えられるのです。

―海外では「デジタル教科書離れ」も起きていて、シンガポールでは小学生にタブレットを持たせない方針を採っています。

私も小学生のうちはできるだけ紙と手を使い、脳を活性化させる教育を進めるべきだと考えています。特に教育は国力に直結する非常に重要な要素なので、慎重に進めてほしいですね。
ただ、デジタル教科書に明らかな利点があることも事実です。英語の発音を聞いたり動画を見たりと、紙では絶対できない利用法があります。2020年からの新型コロナウイルスの流行では、デジタルの導入でかなり多くの人が助けられた実績も残しています。教科書についても紙かデジタルのどちらか一辺倒ではなく、適切な使い分けが重要だと考えています。

―IT教育の必要性についてはどうお考えですか?

「ITスキルが大事だ」とよく言われますが、私は今のスキルが20年後もそのまま使えるとは考えていません。今後もITスキルは活用できる技能です。しかし、ITのスタイルは時代とともに大きく変わるもので、ずっと使われるインタラクションは少ないんです。現在主流のスマートフォンの操作も、20年後は「あんなことをしていた時代もあったよね」と言われている可能性が高いでしょうね。
ですから、教育現場では目先の流行にとらわれるのではなく、長期的な視点で基礎力を養うことに注力すべきです。ITスキルは必要になってから学べば充分間に合うので、基礎学力を身につけるほうが大事でしょうね。正直な話をしてしまえば、子供にITを教える必要はないとまで考えています。

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