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「第8回持続可能な発展のためのアジア紙パルプ産業会議」
開催レポート(後編)イベント

2025.12.8

引き続き、2025年10月16日に東京で開催された「第8回持続可能な発展のためのアジア紙パルプ産業会議」の本会議の模様をレポートします。前編はアソシエーションレポートと基調講演を紹介しましたが、後編は参加各国・地域の事例報告を中心に紹介します。

セッション3 事例紹介「カーボンニュートラルに向けた取り組み」

基調講演に続く事例紹介セッションでは、日本と中国におけるカーボンニュートラルへの取り組みが紹介されました。

日本製紙連合会からは、『Initiatives of Japanese Paper Industry Toward Carbon Neutrality』(カーボンニュートラルに向けた日本の製紙産業の取り組み)と題し、木坂隆一副会長(三菱製紙・社長)が日本国内の現状と政策、カーボンニュートラルへの取り組みを報告しました。

日本政府は2050年の温室効果ガス実質排出ゼロを成長戦略として掲げ、中間目標設定やGX促進法制定などの施策を段階的に進めている現状を説明。日本政府の政策は、企業間でCO2排出量を売買できる「カーボンプライシング構想」に基づいており、10年間で150兆円のGX(グリーントランスフォーメーション)投資を目指していることを紹介しました。

その中核となるのが、2026年に開始を予定している排出量取引制度(GX-ETS)です。企業のCO2排出量削減を経済的にうながす新しい仕組みとして注目されており、日本製紙連合会も制度設計にも関わっています。木坂氏はすでに取引制度を導入している参加国との情報交換を進めたいとも呼びかけました。

また、紙パルプ産業によるカーボンニュートラルに向けた取り組みも報告しました。2050年の温室効果ガス実質排出ゼロを実現するため、日本製紙連合会は2021年に「長期ビジョン2050」を策定し、生産活動ならびにそれ以外の活動での対策強化を図っています。省エネルギー推進と再生可能エネルギーの利用比率拡大等の対策により、会員企業でのCO2排出量の削減は、目標設定時点で想定したスケジュールに沿って順調に進んでいると報告しました。

さらに次のステップとして期待されるのが、CO2を回収して貯留・再利用する、CCS・CCUS技術の活用です。木坂氏はこれらの技術で化石燃料由来のCO2排出をさらに削減できること、国内ではすでに官民共同プロジェクトへの参画や技術研究が進行していることを紹介しました。

報告の最後には、カーボンニュートラルの実現には省エネ、燃料転換、革新的技術開発が欠かせず、世界的な課題である地球温暖化対策、カーボンニュートラル社会の構築に向けてアジアの国・地域との連携を目指す姿勢を示しました。

続く中国造紙協会(China Paper Association)の発表は『From Compliance to Systemic Governance: Reframing the Carbon Neutrality Pathway of the Pulp & Paper Industry』(コンプライアンスから体系的ガバナンスへ:パルプ・製紙業界のカーボンニュートラルへの道筋の再構築)。中国の製紙業界が取り組んでいるカーボンニュートラルへの取り組みや技術開発の現状、それに伴う新たな価値の創出と他業種への展開について紹介されました。

セッション4 事例紹介「サーキュラーエコノミー/バイオエコノミー」

セッション4はサーキュラーエコノミー(循環型経済)とバイオエコノミー(生物資源を活用した経済)に関する事例紹介です。日本、中華台北、インドネシア、韓国の4団体が発表を行いました。

はじめに、磯野裕之副会長(王子ホールディングス・社長)が、『Green Innovation in Japanese Paper Industry for Materializing Sustainable Forest-based Bioeconomy』(持続可能な森林バイオエコノミーの実現に向けた日本の製紙産業におけるグリーンイノベーション)を報告しました。

これは紙パルプ産業をベースとした持続可能なバイオエコノミーに焦点を当てた報告で、冒頭ではアメリカとEUで進行している、課題解決と経済成長を両立させるバイオエコノミーのメガトレンドを紹介。
日本も「バイオエコノミー戦略」を策定しており、バイオマス資源、遺伝資源、バイオ発酵技術など、日本独自の強みを生かして市場の成長を図っていることに言及しました。戦略では「バイオものづくり・バイオ由来製品」「持続的一次生産システム」「木材活用大型建築・スマート林業」「バイオ医薬品・再生医療・細胞治療・遺伝子治療関連産業」「生活習慣改善ヘルスケア、デジタルヘルス」の5分野で、2030年までに国内外で100兆円規模の市場創出を目指しており、中でも「バイオものづくり」「バイオ医薬品」を中心に、紙パルプ産業の取り組みを紹介しました。

紙パルプ産業が扱う木材は、CO2の吸収・固定化や酸素の生成・放出など、優れた機能を持つ再生可能な資源です。木材の価値を保った循環というサーキュラーエコノミーを体現してきた紙パルプ産業が、ネイチャーポジティブやカーボンニュートラルを実現するために新しいビジネスにも挑戦しています。

その具体的な取り組みとして、軽くて強い新素材「セルロースナノファイバー(CNF)」、木質由来の化学品・医薬品、プラスチック代替製品などの研究・開発を紹介。従来以上に持続可能性を高めたリサイクルへの取り組みも、実際の事業に携わる企業名とあわせて示し、「ご興味がありましたら、各社からの出席者にお声がけください」と呼びかけました。

磯野氏は最後に「紙パルプ産業にはバイオエコノミーの発展に寄与する大きなポテンシャルがあり、脱炭素型の持続可能な社会の実現に大きく貢献すると確信している」と述べ、報告を締めくくりました。

日本製紙連合会に続き、3団体からも事例報告が行われました。報告団体とタイトルは以下の通りです。

  • ・中華台北:中華台北造紙工業同業公会(Chinese Taipei Paper Industry Association)
    『Saccharide for a Carbon Circular Economy』
    (炭素サーキュラーエコノミーのための糖類)
  • ・インドネシア:インドネシア紙パルプ連合会(Indonesian Pulp and Paper Association)
    『Circular Economy & Bioeconomy in Indonesian Pulp and Paper Association』
    (インドネシア紙パルプ協会におけるサーキュラーエコノミーとバイオエコノミー)
  • ・韓国:韓国製紙連合会(Korea Paper Association)
    『Beyond Paper: Designing a Sustainable Future with Biomass and Innovation』
    (紙を超えて:バイオマスとイノベーションで持続可能な未来をデザインする)

いずれも持続可能な未来に向けた、各国の紙パルプ産業と参加企業による具体的な事例の紹介です。発表後には質疑応答の時間を設け、参加国同士の相互理解と共同に向けた議論が展開されました。

この事例報告については、基調講演を行った東京農工大学・千葉学長から次の講評も寄せられました。
「企業とアカデミアが面と面で連携し、国内外の知を共有することが、イノベーションにつながります。そのためにはアジアの複合的でネットワーク型の発想が重要であると考えています。環境破壊、温暖化、自然災害など、10年後に直面する課題はすでに見えており、産業界もアカデミアもこれを回避する時間軸と目標を持ち続けることが欠かせません。アカデミアも価値の提示や未来予測に積極的に関わり、産業界との協働を通じ、持続可能な社会の実現に貢献していきたいと感じています。」

おわりに――チャレンジをチャンスに変えて

こうしてすべてのセッションを終えた後、世界の製紙・木材産業の国際業界団体であるICFPA(国際森林製紙団体協議会)・Heidi Brock会長のビデオメッセージが紹介されました。

Brock会長は世界で脱炭素化の必要性とサプライチェーンの変化、サーキュラーエコノミーへの期待が大きくなっている現状を踏まえ、紙パルプ産業のグローバルな協力を強調。業界が直面している複雑な課題に対し、持続可能な未来に向けた協力を呼びかけました。

さらに、2027年に開催予定の次回会議に向け、ホスト国となる中国造紙協会・Zhao Wei会長より、「今回の会議は大成功だったと感じている。次回も同じような成功を目指したい」とのコメントと、中国での再会を願う挨拶が述べられました。

最後に閉会の挨拶を行ったのは、日本製紙連合会・野沢徹会長です。野沢会長はメンバー国・地域に多くの共通課題があり、課題解決についてともに考えていく重要性を認識できたと発言。「この日発表された脱プラスチック、グリーンイノベーション、カーボンニュートラル、バイオエコノミーといった課題へのチャレンジはチャンスでもあり、紙パルプ産業の未来へ大きな希望と可能性になりうる」と指摘しました。

閉会後の夜には全体夕食会が開催されました。各国からの参加者は食事や紙をモチーフにした活け花パフォーマンスを楽しみながら、セッション内容や今後の協働について積極的に情報交換を行いました。

今回の会議を通じ、東アジアの紙パルプ産業の循環型社会への取り組みと、それがもたらす可能性が示されました。この場の議論が具体的なアクションに発展することで、持続可能な社会へ向けたさらなる歩みが期待されます。