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「第8回持続可能な発展のためのアジア紙パルプ産業会議」
開催レポート(前編)イベント

2025.11.27

日本の紙パルプ産業は持続可能な社会の実現に向け、温室効果ガスの排出量実質ゼロを目指すカーボンニュートラル、木材資源の循環利用を進めるリサイクルなどの取り組みを行っています。この世界共通の課題の解決に向けて、日本製紙連合会は国内の企業・団体にとどまらず、海外の紙パルプ産業団体とも積極的に情報・意見交換を行っています。

今回はそうした国際活動の紹介として、2025年10月15~17日に東京で開催された「第8回持続可能な発展のためのアジア紙パルプ産業会議」について、前後編でレポートします。

アジアの10の国・地域から代表団が来日

「持続可能な発展のためのアジア紙パルプ産業会議」は、東アジアの主要国・地域の紙パルプ産業団体によって構成される会議です。1984年に日本、韓国、中華台北(台湾)の3団体で発足し、後に中国・ASEAN諸国も参加。アジアの紙パルプ産業全体を包括する国際的な会議へと成長しました。今回は日本がホスト国となり、10の国・地域(韓国、中華台北、中国、インドネシア、タイ、フィリピン、ベトナム、マレーシア、ミャンマー)の代表を迎えました。

10月15日に参加団体首脳による夕食会を開催し、翌16日には東京・品川のグランドプリンスホテル高輪にて、約180名の参加者を集めた本会議を実施しました。ここでは紙パルプ産業が直面するグローバルな課題や各国の取り組みについて、報告と議論が交わされました。

開会にあたっては、日本製紙連合会・野沢徹会長(日本製紙株式会社会長)が登壇しました。野沢会長は「持続可能性」「発展」というテーマの意義を強調し、世界的に紙・板紙の需要が減少する中、アジア地域では生産量の増加傾向が見られ、現在では世界全体の5割以上を占めるまでに成長していると説明。その一方で、気候変動や経済の不確実性が高まる現代、紙パルプ産業も社会情勢に対応しながら進化する必要があると語りました。

カーボンニュートラルの実現が求められる中、「木材という再生可能資源を事業の源泉としてきた私たちは、その特性を生かして新たな事業展開を進める責任がある」と述べた野沢会長は、「紙パルプ産業における持続可能性、イノベーションへの挑戦」というテーマのもと、本会議を「サーキュラーエコノミー(循環型経済)やバイオエコノミー(生物資源を活用した経済)に関する活発な意見交換の場にしたい」と期待を語りました。

セッション1 アソシエーションレポート

その後の本会議は、次の4セッションで構成されました。

  • ①アソシエーションレポート(各国・地域の現状報告)
  • ②基調講演『森がつなぐ自然と経済の新しい循環』
  • ③事例紹介「カーボンニュートラルに向けた取り組み」
  • ④事例紹介「サーキュラーエコノミー/バイオエコノミー」

本記事の前編では①②、後編では③④の模様を、日本製紙連合会の発表を中心に紹介します。

最初のアソシエーションレポートでは、各参加団体が製紙産業の現状や環境問題への貢献、直面している課題といった主要トピックを紹介し、情報の共有と互いの理解を深めました。

日本については、『Current Situation and Initiatives Toward Future of Japanese Paper Industry』(日本の製紙産業の現状と将来に向けた取り組み)と題し、野沢会長がレポートを発表しました。

レポートはまず、国内経済が実質賃金減少などの影響により、コロナ禍からの回復に勢いを欠いていることを紹介。グラフィック用紙の大幅な減少、インバウンド増加による衛生用紙の堅調な伸びなど、製紙業界の現状も報告しました。

さらに製紙業界がチャレンジすべき課題として、「人口減少と紙市場の縮小」「カーボンニュートラル社会、バイオエコノミーの実現など、環境に関する国の政策への対応」「SDGs達成への貢献」「製紙産業への正しい理解の促進」を挙げました。

このうち「SDGs達成への貢献」については、紙・パルプ産業全体で環境行動計画を策定し、炭素吸収源としての森林機能の最大化、木材の合法証明システムの導入、資源リサイクル推進といった取り組みが進んでいることを紹介しました。

日本製紙連合会・会員企業が「日本製紙連合会サステナビリティ(持続可能性)基本原則」に掲げる「責任ある安心安全な製品供給」「地球環境の保全と再生」「人権の尊重」「労働環境の向上及びダイバーシティ・インクルージョンの推進」「ガバナンスの推進」「連携と協働」の6原則が、それぞれ複数のSDGs達成目標に対応していることを発表しました。なお、これに関連するサステナビリティレポートは2021年度から毎年更新されており、紙パルプ産業の課題への取り組みや進捗を掲載することで、業界全体の活動が把握できる構成になっています。

また、「紙の消費が森林破壊を引き起こしている」という誤ったメッセージの流布が、製紙産業へのマイナスになる可能性を指摘。「製紙業は森林破壊を引き起こしておらず、環境保護への貢献やサーキュラーエコノミーの実現に寄与している」という正しい情報を、企業や消費者、若年層に発信していることもあわせて紹介しました。

野沢会長は最後に、製紙業界を取り巻く厳しい現状の中でも、ネイチャーポジティブ(自然再興)、サーキュラーエコノミーといった課題への挑戦をチャンスに変え、持続可能で強靭な産業を目指す姿勢を表明。そのためにも東アジア地域での協調と連携が不可欠だと強調しました。

この発表に続き、各国・地域代表も紙パルプ産業の現状と取り組みを報告しました。気候変動や米国の関税など不確定要素の多い国際情勢の中、それぞれが国内基準に沿ったサプライチェーンの構築、カーボンニュートラルに向けた取組を展開しながら、紙パルプ産業の発展を目標とした活動を続けていることが明らかになりました。

セッション2 基調講演『森がつなぐ自然と経済の新しい循環』

昼食を挟んだ午後のセッションは、東京農工大学の千葉一裕学長による基調講演『森がつなぐ自然と経済の新しい循環』からスタートしました。35年以上にわたって有機化学研究に携わり、バイオエコノミー分野に貢献してきた千葉氏の講演は、紙パルプ産業の未来にとって示唆に富む内容でした。

千葉氏はまず、産業革命と緑の革命による人口増加が、地球規模のリスクを増大させていると指摘しました。特に食品供給分野で多くの温室効果ガスを排出しており、環境負荷を下げると同時に収益性も確保する、抜本的な解決策が不可欠と強調しました。各事業分野を比較すると、環境負荷を下げるポテンシャルが高い一方、コスト面で課題が大きいのが「農林水産事業」、つまり紙パルプ産業と密接に関わる領域です。人類の永続的な生存のためにも、この分野の課題を無視することはできません。

その上で紹介された解決策は、自然を再生・維持しながら価値を創出する「ネイチャーポジティブ」の考え方でした。温室効果ガスを地面や樹木に吸収させながら、農業・畜産業・林業が共同して食糧生産サイクルを回すことで、経済性と環境保全の両立を図ることが重要だと述べました。その具体的な事例として、緩斜面や山林の利用、SAF(持続可能な航空燃料)への挑戦を紹介。洪水防止効果など森林の持つ機能に着目した大規模プロジェクトがますます重要になると強調しました。さらに千葉氏自身の関わったスタートアップを例に、石油資源からの脱却で森林資源の重要性が高まっていること、紙の原料となる樹木に大きなポテンシャルがあることを理解してほしいと訴えました。

樹木そのものだけでなく、土壌、草、根圏、微生物といった周囲の資源にも注目し、土壌が持つCO2の再蓄積能力や、可能性を秘めた微生物の重要性を強調し、「森林土壌は大きなマーケットとしての可能性があり、地球の持続性のために新たな手を打ってほしい」と述べました。

続いて量子化学、AIなどの先端技術を駆使した「化学農薬の再定義」を提唱。これはTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)やネイチャーポジティブというグローバルな価値観の実現に欠かせません。さらに特定地域で栄養成分が回る「地域栄養エコシステム」、「ゼロ廃棄の農林畜産融合モデル」など、関連する具体的なプロジェクトも紹介しました。

最後に千葉氏は「紙パルプ産業が拓く未来価値マップ」のモデルを提示し、紙パルプ業界を単なる紙の生産者ではなく、「森を軸とした新しい循環型社会の中核産業」と位置づけました。そして「自然資本」「健康」「環境と脱炭素化」「食料と安全」「経済と地域活性化」「教育と文化」といった価値観と連動して未来を拓くには価値の数値化が重要で、アカデミアも企業と価値を共有する活動を続けていきたいと述べました。